空につながるための家

設計を誰に頼もう? その2

私達夫婦は東京の生まれではないので、工務店のコネがありません。
私の実家が知り合いの大工さんに頼んで建ててもらったのですが、色々気に入らないと母がこぼしていました。義理やしがらみがあり、好きにできなかったようです。
ある不動産会社が強く勧める工務店が実際に建てたお宅を拝見させていただいたこともありました。素敵なお宅で御家族は本当に満足しお幸せそうでしたが、好みではありませんでした。
では、あなたの好みとは何なのだ、それを言えばそのように作りましょう、と言われましたが、こちらの好みでコロコロ変えられるのだったら、元々の設計にはどういう必然性があったのだろう?ここに窓があり、この天井の高さは何メートルというとき、素人の施主の意向でどんどん変えられるのだったらそもそもの意味も理由もないように思われました。

近所に知り合いの建築士の事務所があり、ときどき遊びに行くのですが、家を建てる計画のない頃から、漠然とその人に頼んだらよいかなあと思っていました。事務所は小さなマンションの一室ですが、とてもうまく工夫されていて、おいしいコーヒーが入れられるキッチンやミーティングスペースまであり、片側の壁は天井まで全部本棚になっていて、小さいけれどすごく居心地のよい空間です。その先生はフランク・ロイド・ライトのファンで、アメリカで訪れたライト作の私邸や公共建築の写真をうれしそうに説明しながらいっぱい見せてくれました。
でも...いつもその先生と会った後で思うのが、ああ、お話を聞くばかりで私はちっともしゃべらなかったなあ、ということ。もし設計をお願いしたら、こちらの人間というか、生活ぶりをきっちり伝えられる自信がない。ましてケンカにでもなったら、もともと知り合いだっただけに、気まずさもひとしお。
その先生の設計したこれまでの家が、バブリーというのでしょうか、大きな敷地にプラネタリウムまでついた豪邸だったりするのも、ちょっと違うかなという気がしました。

設計を誰に頼もう? その1

土地を探しながらも、本や雑誌を読んだり、素敵なお宅を建てられた方や、ひどいトラブルを克服された方のブログやHPを参照したり、住まいづくりセミナーに参加したりと、家に関する情報を集め、私達夫婦の理想の家づくりのイメージを膨らませていました。
3Dで体験したいときには住宅展示場やショールームにでかけたり、家具屋さんに立ち寄ったりして、まだ土地もないのに、こんなのがいいなあ、と考えたりして。
意匠には全く無関心の夫も、タワーアンテナの会社をチェックしたり、実際に建てられた方の体験談を検索したり、そちら方面の情報を仕入れていました。

住宅展示場は確かにすばらしいお家ばかりでしたが、何十畳もの広大なリビングや豪奢なシステムキッチン、屋上のジャグジーなど私達には非現実的なものばかりでした。
営業の方は、
「住宅展示場はお客様の夢を形にしたもの。その中で、じゃあ壁だけはこの素材に等と一部なりともかなえていただくためのものです」
と言います。
では、私達は本当は皆このような豪邸に住みたいのだけれど、仕方なく妥協してそれでもせせこましく一部だけ「夢」をかなえるのだろうか。十分なお金がなければ理想の住まいは手に入らないのだろうか。なんか違う気がする。
さらに営業の方はそれぞれに、高気密高断熱だとか、特殊の外壁材だとか、自社の誇る機能性について説明します。
曰く、家は進化している、窓を開けて換気をし、外の空気をそのまま吸う時代は終わった云々...
これまで何百年、何千年と住んできて、今までのは間違いでしたみたいなこと言われても...。
千葉の歴博の展示を思い出しました。いきなり21世紀に入ってガラッとXXハウス、XX住宅の展示が始まる、ここで家の歴史が変わりましたとキャプション。
それもなんか違う気がする。
こんなに豪華な住宅展示場が全国にあって、スタッフがいっぱいいて、立派なパンフレットをいっぱいタダでくれてその経費を上乗せしたら、大量工業生産しても追いつかないのでは、という気もしました。
ハウスメーカーはないな。

土地探し その3

とうとう土地を買うことになりました。
契約前にもう一度時間を変えて二人で見に行こうと、平日の朝、うんと早起きしてその土地を訪問し、朝の様子や光の入り方などを確認しつつ、そこから通勤してみることにしました。

しかし夫は野生の人ではなく理性の人、地図がないと方向がわからない人でした。
住宅街は入り込むと巨大な迷路のよう、平日の朝、不審な目で見られながらウロウロとさまよい歩いて偶然出たところが、

高台にあって南にパーッと開けた土地!!


夫が今夢中になっている無線の人工衛星(故障中だけど)の軌道が南なので、南に開けたというのは、日当たり以上に理想的なのです。
「...ここ、いいね。」
フラフラと敷地内に入り、そこから見下ろすと、私達が買うはずだった土地が下方に見えます。
いかにも住宅用に整地されたその土地の持ち主は誰かと看板を見れば、

国有地


不動産会社じゃない。
国有地ってどうやって買うの?
そんな絵に描いた餅より、確実に買うことができる例の角地で手を打ってほしかったのですが、夫の心は決まっていました。

不動産会社の方には深くお詫びをして角地の購入を見送り、とにかくその国有地とやらをどうやって買うのかを調べました。
幸いその物件は2006年1月の入札に入っていました。2年も3年も先でなくてとりあえずよかった。でも入札なんてしたことがありません。最低落札価格にいくらイロをつければいいやら。
確実に落札するには高い価格をつけるに越したことはないでしょうが、少しでも家に残しておきたいところだし、ここでケチッて数万円の差で他の人に落とされたら泣くに泣けないし。。

ここまで来たら価格のことは夫に委ねました。夫は私達が出せるギリギリの値を書いて投函しました。
結果は...落札!!!

人生で多分これ以上ない位の大きな買い物だったし、少しは重い気分になるかな、と想像していたのですが、もううれしくてうれしくて!!開札会場近くの駐車場から車を出すときにも支払機の存在を忘れてバックするし、帰宅するまでずっと歌を歌いながら運転していました。
夫からもケイタイメールで、「どの土地のときよりもこれでよかったという気持ちが強いです。ありがとう」というメッセージが届きました。
よかった!!

土地探し その2

いろんな土地を見に行きました。
文化財が埋まっている土地、300坪あるのにぜんぶ崖で鉄塔の真下の土地、贅を尽くして建てられた素敵な昭和の住宅付きの土地、一日遅れで他の人のものになってしまった土地...
夫も徐々に本気になってきて、地形を調べるソフトをインストールし、「ここはダメ、山があるから」、「近くにマンションが建ってるからダメ」などと、前もって調べてくれるようになり、無駄足を踏むことが少なくなりました。

いろんな営業の方にもお会いしました。
「奥さん、僕のこと嫌いですか」と言う茶髪営業。(ホストか?)
「僕、本当は人と話すの苦手なんですよね」と告白する新米営業。(そんなこといわれても)
「無線、無線って昼間家にいるのは奥さんなんですから、旦那を説得しちゃいなさいよ」(ほしい土地をお前が決めるな。私は自分一人でニコニコ暮らす家ではなく、夫と二人で幸せに暮らす家がほしいのだ!)
「そうやって選り好みする人は一生家が建ちませんよ」(呪いの言葉?)

この人なら任せられると信頼する見事な営業ぶりの方にも、出会いました。
淡々としているものの、私たちのことを忘れずに折々情報をくださる方もいらっしゃいました。
ただ下手な鉄砲式で土地探しをしていた最初の頃から、徐々に見る土地もお世話になる不動産会社も絞られてきました。
そんなとき、以前逃した土地の付近で、角地の出物がありました。
60坪、高台のてっぺんではないものの、タワーを建てれば遮るものは全て越えられそう。当初希望していたA電鉄の沿線で、急行の始発駅でもあるので、夫も座って通勤できる、それから近くに大きなDIYのショッピングセンターがあり、ケーブルやネジなど、東急ハンズや秋葉原に行かなくても大体のものは揃いそう。
ただし値段は、周辺の坪単価よりは安いとはいえ、当初考えていた上限価格をさらに上回るものでした。しかし、なんとその差額はお世話になっていた不動産会社さんが持ってくれるというのです。ずっと一緒に土地探しをしてきて、なんとしても当社がお世話して差しあげたいとのことで。

これはもう買うしかない。

土地探し その1

2005年の6月頃から土地探しを始めました。

条件は;
1.高台にあり、近くに高い建物や送電線など電波を遮るものがないこと。
2.夫婦二人で住む延床100平米程度の家が建つ40坪弱の小さな土地でよい。
3.夫の通勤時間は1時間以内、できれば最寄り駅から徒歩圏内。
4.美しい、あるいは味のある町並みであること。特殊な食材も扱うスーパーがあればうれしい。

4は私の希望です。スーパーフェチ(ものすごくフェチという意味ではなくて)なので。
それから、20代の頃英国で生活した経験が強く影響していて、プロバンスあり、純和風あり、モダンあり、スパニッシュありの混沌とした安っぽい町並みには嫌悪感を抱いていました。せめてあの坩堝のような色彩、質感や様式を打ち消すだけの緑があればいいのに。

10社以上の不動産会社にお願いし、平日は私が土地を見て回り、その中で有力なものを再度週末夫と一緒に見て回るという日々が始まりました。

これまで意識していなかったのですが、私には「都心であればあるほど偉い」というような偏った価値観があったようです。
今の宿舎周辺は坪200万円を下らない地価で、当然のことながら郊外、もっと郊外と下ってゆくたびに、最初はさびしさを覚えました。
でも、こんなことでもなければ訪れる機会もなかったいろんな町を歩いて、郊外には郊外の豊かな暮らしがあるんだと実感しました。

土地を探す合間にハムフェアに行って実物のタワーアンテナを見たこともあり、最初の条件、「小さな土地でよい」、「美しい街並み」は吹き飛びました。
あのような巨大なものを建てて御近所に御迷惑や威圧感を与えないためにはかなり大きな土地が必要になるだろうし、町並みにこだわる地域ではテレビのアンテナさえも許さないような緊張感があります。あんなところにタワーなんて異様なものを立てたら、自分の住所にプライドを持ってメルセデスを日夜磨いている先住民から村八分にされそう。
そんなわけで、希望の土地はどんどん大きくなり、最後には100坪近いところまでいき、希望沿線も、馴染み深いA電鉄から気取らない雰囲気のB電鉄に移ってゆきました。最初こだわりのあったスーパーはどうでもよいや、欲しいものはネットで買おう、という気にもなっていました。

きっかけ その3

去年は体調を崩したりと、いろいろあった年でした。
前から抱えていたいろんな問題が形になって押し寄せて、直面せざるを得ないというか。
それで、今を大事に生きなくてはいけないなあと考えさせられました。
今は保留にしてあとで考えようとか、今は無理だけどいつかやろうとか、そういうのはもうやめよう、難しい問題はあっても、前に進めなくても、とにかく今それをやる努力をしなくちゃ、とつくづく思いました。

夫は言います。
「今は仕事が忙しくビルの谷間で無線を楽しむことができないけど、いつか退職したら高いタワーアンテナを立てて無線三昧したい。君といろんなところに旅行にも行きたい」

私にもいつかかなえたい夢があります。鉢植えのアイスバーグを地植えにしてのびのび咲かせてやりたい。犬を飼いたい。階段の壁に博物館みたいに絵を飾りたい。座り心地のよい椅子をお気に入りの特等席にしておいしいカプチーノを飲みたい。生活の折々に空を見てほっとしたい等々...笑っちゃうくらいささやかなのですが。

退職したらかなうかもしれないけれど、それまで待つ日々はなんだろう?
数十年やりたいことを保留にしていきなり始めても、「夢の生活」なんて実現しないのではないでしょうか。だって生活は毎日の時間の積み重ね、ずっと我慢してきて、老人になってさあ今日からお好きにどうぞと言われてできるものではないと思います。

「アンテナたてたいのなら今立てようよ」

半ば押し切るように、半ば脅すように、土地探しに奔走する日々に突入しました。

きっかけ その2

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問題はアンテナばかりではありませんでした。

私は独身時代には一人暮らしをしていましたが、小さなマンションの一室であっても「家」は大切な生活の根っこでした。
お給料をもらうたびにお茶碗、お箸と少しずつお気に入りの品をじっくり選んで買い揃えていって、イメージのものが見つからないときは何ヶ月も探し回ったり、ペンキを塗りミシンを動かして自分で作りました。
また、どんなにほしいものでも自分が決めたルールは守るようにしていました。たとえば、ハードカバーの本は図書館を利用するとか、お鍋は何個以上は持たないとか、その部屋のスタイルに合わないものは置かないとか。

結婚して、新居、つまり夫の待つ「社宅」に入ったとき....

ギャーーーッ!!!

まるで機械オタクの貧乏学生の下宿部屋に居候をはじめたかのようでした。
部屋中を取巻く何十本ものケーブル(しかも色とりどり!)、無線機やら一般家庭ではありえない計測器の山(それでもほんの一部、実家にはもっとある!)、段ボール箱が本棚や食卓の代わり、極めつけは部屋を対角線に横切って取り付けられた洗濯ロープ...本当に一昔前の貧乏学生の汚部屋(泣)。

もうすぐ転勤だからと言われ続けて8年、本当に転勤はあるのだろうか、もし転勤になったらこの荷物はどうするんだろうか、夫の実家から引き取れと言われ続けている大型冷蔵庫みたいなアンプや一部屋を天井まで占領している段ポールの山はどうするんだろうか。
それより私はいつまでこの変人部屋でわけのわからないモノに囲まれて暮らさねばならないのだろうか。

きっかけ その1

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現在住んでいるところは所謂「社宅」のような集合住宅で、ターミナル駅のある繁華街から電車で5分ほどの庶民的な街にあります。商店街は充実していて、スーパーやコンビニも数多くあり、ちょっと路地を入ると、雑居ビルの中においしいスローフードを出す和食屋さんや、おもしろい掘り出し物がみつかるアンティークショップや、キッチュな雑貨屋さん...ゴチャゴチャと駐輪自転車が道をふさぎ、歩行者は信号無視で道路を横切り、立て看板は歩道をふさぎ、なにやら無法地帯的な乱雑さもあるけれど、大手企業によって人工的に作られた街ではなく、人が自然に集まって栄えている市場のような活気や雰囲気が大好きです。
夫にとっても、深夜残業時もタクシーで20分以内に帰宅できるこのエリアは捨てがたい魅力があると思います。

でも、夫が趣味の無線に力を入れるようになってから、どんどん我が家は住みづらくなっていきました。
ビルの谷間で唯一午前中日光が射すベランダに、私は趣味の植物の鉢を置いていたのですが、夫のアンテナが増えるたびにどんどん光の射さない隅に押しやられます。
夫も唯一空が開けたそちらの方角になんとかアンテナをむけたいので、日々ジリジリとお互いの陣地を奪い合うような冷戦が続きました(苦笑)。
趣味での争いはともかく、私としては毎日洗濯物を干そうとベランダに出るたびに、バカでかいアンテナに頭をぶつけ、視界に星が舞うのは腹に据えかねることでした。
そのアンテナ...ほこりよけにゴミ袋をかぶりまるでキャディさんのオバケのよう、見た目も異様ですが、運用時ベランダの柵を越えてウィーンと外に首を出すところを他の住人の方がみたら、クレームが入るのでは、といつもヒヤヒヤしています。
この集合住宅には、ボス的なちょっと変わった方とその取り巻きがいて、集会のたびに長々と他の住人が非難されるのです。

ブログをはじめるにあたって

昨年、夫と二人で暮らしてゆくための家を建てることを決心しました。
夫が趣味の無線を存分に楽しめ、かつ私は私で好きなことをしながらも、お互いが一緒に笑ったり助け合ったりできる家、それには高台で周りに電波を遮るものがなく、御近所になるべく迷惑のかからないほどの広さがあり、しかも通勤に負担がかかりすぎない場所の土地が必要でした(もちろん!限られた予算で)。
ここだ!と思ったら一足先に他の方に買われてしまったり、アンテナ禁止の住民協定があったり、隣のブロックに無線が趣味の方がすでにいらしたり...もう、だめだ、と気落ちするたびにネット上で他の方の体験談を読み、励まされたり、家作りのワクワクする気持ちを取り戻したりしてきました。
土地が手に入り、今やっとスタート地点にきた思いですが、きっとここからが大変、ケンカをしたり諦めたり悩んだり、いろいろあるんだろうなあ...
初めての家づくりのこの先にはなにが待っているのか、どんな手続きを踏んで何をひとつひとつ決めてゆくのか、これが終わったときに記録として残るよう、いろいろな難しいことに直面して自分を見失いそうになったとき、最初どんな気持ちでどんな家にしたかったのか、ふりかえることができるよう、ブログを始めることにしました。それから、私達のこの経験が失敗を含めて少しでも誰かの役に立てたらうれしいです。

はじめてのブログでまだ勝手がわからないのですが、家づくり同様、試行錯誤しながらもだんだんと形になっていったらよいなと思っています。