空につながるための家

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華園@六本木

六本木ヒルズでクリーブランド美術館展をみた後華園でランチ。
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上海あたりの女の子の部屋みたいな、というか中国のキッチュなスタイルに憧れる日本の女の子のアパートの部屋みたいな、というか。
キュートでどこか古めかしく且つ懐かしいインテリアにほっとする。

塩や油が控えめで、ファーストフードや刺激物に慣れた舌には最初物足りないのだが、よい香りの中国茶をいただき、スープを飲み進めてゆくと、じわーっと滋養が体にしみこんでゆく感覚がする。体が喜んでいる感じ。
サイドディッシュの炒め物はスープとは逆に塩やニンニクのメリハリのきいた味付け、芽のような野菜は甘草なのだそうだ。コリコリしておいしい!
メインはいわゆる「酢豚」と全然違う酢豚。
さらっとして、いろいろごちゃごちゃ入ってなくてシンプル。揚げたての豚肉にシャリッとかぶりつくと五香粉の香りが口に広がる。脂身の少ないモモ肉を使っていて、味付けも甘辛酸っぱいものでなく、出汁が効いていてふんわりしている。
思えば昨日はマクドナルドのポテトを腹いっぱい食べ、夕方まで胃がもたれていたなあ、などと不摂生な我が身を省みる(笑)。

トイレの壁になぜか坂本龍一のサイン(笑)とこのレストランの料理を紹介したレシピ本が飾ってある。
化学調味料なし、すぐに鶏ガラスープの素に走る私にはちょっときびしいがうちでもがんばってみようと購入。

階段室の野望

私の野望、階段室をギャラリーにしたい。

理想の家を想像するとき、昔イギリスで下宿していたお宅がよく頭に浮かぶ。
典型的なイギリスの住宅で、特におしゃれでもお金がかかっていたわけでもなかったのだが。
玄関を開けると二階に続く階段が伸びていて、階段沿いに植物や果実の細密画が飾られた額が飾られていた。
友人を招待すると、君の下宿先ってなんだか博物館みたいだねーと感心されてちょっと得意だった。
「博物館みたい」というのは、暗くて古めかしい、という意味だったのだと思う。
家の前に巨大な保存樹木があり、枝一本切ることもできなかったせいもあるのだが、暗くてシックで、なんとも落ち着く家だったなあ。

メディチ家の回廊のようにはいかないけれど(笑)、段々と集めた絵を、階段室の壁にかけ、おばあちゃんになる頃には壁ぎっしり、というのが私の野望だ。
あんまり色とりどりでない、ちょっとそっけなくて風刺やユーモアの感じられるもの、日常的なもの、古いもの、ドーミエの版画(のコピー)とか、パンチ誌の一頁(これはなんとかなるかも)とか、昔の植物画や広告、友人から届いた観光絵葉書とか、そういったもの。
万一まちがって横山大観の富士山とかもらっても、そんな立派なものを前に、お風呂上りに半裸で上がり降りできなくて困ってしまうだろう。

おばあさんになり、足腰が弱って、よいこらしょと階段を上がるとき、ゆっくりと壁を眺めて一息つくのが夢だ。

めざせ!要望のない施主

新居に対して、あまり細かいところを具体的に想像しないようにあえてセーブしている。
というのは、うちが依頼している設計事務所では、建主は何も要望しないのが基本みたいで(苦笑)。

そこが手がけた住宅の写真やら、住んでいるご家族のインタビューやらが掲載された本や雑誌をいっぱい読んだのだが、依頼主の方々は何も言わないか、せいぜい、
「ほっとできる家にしてください」
みたいな20字以内の一言のみらしい。

皆異口同音に語ることには、打ち合わせなどというものはなく、いごこちのよいリビングで酔いどれ先生と談笑するだけなのだそうだ。
こんな家にしてくださいとか、自分達はこういう生活がしたい、みたいなことは一切言わないのに、自分達にぴったりの家ができる...のだそうだ。
なんか、肖像画を頼むとか運勢を占ってもらうみたいな。

酔いどれ先生とは談笑などというものをゆっくりする間もなく、他界されてしまったのだが、後を引き継いでいただいたお弟子さんのCさんも当然そうした仕事の仕方をするものだと思っている。
あの設計事務所が手がける家のスタイルはまさにこちらの求めているものなので、下手に、ここは白のモザイクタイルにしてください、とか、ここのハギをやめてアイスバーグを植えてください、とか、中途半端に口を出し、全体のバランスをくずすより、本や雑誌に出ていたような信頼関係で結ばれた「よい施主」でいたいのだ。

とはいえ、Cさんとはいっぺんも「談笑」をする機会もなく、私達より10歳以上も若い方が、夫婦間の心地よい距離の微妙さとか、無線愛好家の変人ぶりとかがわかるものなのだろうかと不安だった。
だから、A4用紙何枚にもわたって、私と夫の趣味や好み、平日/休日の過ごし方を表にまとめたものをお渡ししたのだが、はたして基本プランは殆どその全てを盛り込んだすばらしいものだった。
例えば、私は生活音が聞こえ、外の気配がわかる明るく開放的な空間が心地よいのだが、夫は逆に外からの音や光が遮断された閉じた空間でないとリラックスできない。
家庭内別居にならず寝食を共にしながらお互いが気持ちよいという、奇跡のようなプランを提示されたときに、どんなにうれしかったことか!!

だが、無線機器がどのくらい重く、やかましく、場所をとり、熱を発し、コードだらけになるものか、変人夫がどれだけモノを偏愛し、真空管だの過去何十年の無線雑誌だのを永遠に冬眠準備中のネズミのように溜め込むか、そのあたりはきっと理解していらっしゃらないのではないだろうか。
いや、2F無線部屋の真下が普段は使わない客間ということは、床が抜けることを想定しているのか?

ああ、やっぱり心配。

未だ猛暑の無線部屋

9月も半ばを過ぎ、大分涼しくなってきたというのに、我が家の無線部屋(兼リビング、兼寝室)は異様な暑さだ。
十数台の機械、無線機やらアンプやらそれに接続されたPCやらその周辺機器のスイッチを入れていると、それだけで5℃は違うようだ。
その機械だらけの八畳間(しかも公団サイズ?団地サイズ?なので、実際はもっと小さい)に、今日のような休みの日には24時間肥満体の夫が陣取り、自ら熱を発していて、見た目にも実際にも暑苦しいことこの上ない(夫にもファンが内蔵されていればよかったのに..)。

おまけに、無線通信していないときでもシャーシャーピーピーとファンやらHDDやらの回る音が絶えずしていて、この音は外から聞こえているのか、私の耳鳴りなのか、それとも全ては気のせいなのだろうかと、わけがわからなくなってくる。
飛行機や新幹線の中で始終音がしていると、無音のように感じられるくせになぜか不快感が続くあの感じ、あれが我が家の「リビング」で繰り広げられているのだ。

とはいえ、テレビやエアコンのある唯一の部屋、どうしても生活の中心になってしまうし、第一、夫と二人きりの「家族」なのに、たまの休みに他所の部屋に避難するというのも、感じが悪いだろう。なんだか怒っているというか、避けているというか...その通りなのだが。

新居にはリビング&ダイニング&キッチンのある二階の一角に、他と切り離された形で無線部屋ができる予定。
私の冷たい視線から隔離された趣味の王国(四畳半だが)にこもって、無線三昧できるはず。

早くその日が来てくれないと...限界が近いかも(号泣)

関口ベーカリー@東山

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中目黒駅をずっと歩いて歩いて、坂を登りきって、東山の官舎がそびえるあたり。
ここまで来ると、このあたりに住んでいて最寄り駅は?と聞かれたら、うーんと考え込んでしまうようなところにポツンと佇むパン屋さん。

古い店舗を改装したなんともかわいらしい外観、3人も入ればいっぱいの小さなお店にも関わらずハード系ソフト系から焼き菓子までいろんな種類のパンが並び、どれも本当に丁寧に作られた真っ当なおいしさ。
奥様だろうか?お店に立つ女性はニコニコと感じよく、且つきびきびと立ち動き、よい気に満ち溢れた店内をさらに浄化している。
いかにも出来過ぎ、キマリ過ぎで、ナチュラル系の雑誌に載っていそうで、なにかアラはないかと意地悪な目線になっても、悪いところが見つからない、パンを愛する人たちのための本当に素敵なパン屋さんだ。

この日のように雨が降る暗い夕方など、白熱灯の明かりがいかにも温かそうで、誘蛾灯に誘われる虫のようについふらーっと立ち寄ってしまい、購入(ああ、既に翌朝のパンはあるのに!)。
関口ベーカリーのご近所に住んでいる人たちは幸せだろうな。

「イギリス的なるもの」と「日本X画展」

f0064818_14552585.jpg三連休の土曜日は世田谷美術館の「イギリス的なるもの」へ。
世田谷美術館はL.S. Lowryの小品を持っていて、常設はされていないのだが、今回展示されていたのがうれしかった。
貧しい人たちの群像、やせっぽちの犬、遠くに見える教会や工場の煙突、十字架のように不吉にそびえる電柱、マンチェスターの暗い空....代表作ではないけれど、本当にLowryらしい一枚と思う。

気になったのがアルフレッド・ウォリスという人の《海辺の船》、すごく新しいのにビクトリア時代の人だし、暗くて下手くそなのにものすごい力を感じて引き込まれるし。
パンフ(=誤字多し、所蔵作品だけの小規模な企画展でも、もうちょっとがんばってほしい)の略歴を読むと70歳で初めて絵を描き始めた人だそうだ。
世田谷美術館ってプリミティブアートとかナイーヴアートとかに力を入れているのだろうか。
以前そんな企画展をしたような...?ルソーの絵も多分持っていたように記憶している。


日曜日は横浜美術館の「日本X画展」へ。
しりあがり寿の大きな大きな世界、与えられた中できっちりまとめる人と思っていたが、こういうこともしたかったのか。
松井冬子、美貌が気になって作品に集中できず。
藤井雷、膨大な絵手紙の中に開封されない私信が入っているところにすさまじさを感じながらも、ちょっとずるいと思う。なんでだろう?自分の血で描きましたとか、陰毛でできていますとか言われれば、うわっと思いながら心を動かされるに決まっているから、かな?
中村ケンゴ、不遜さにあきれる。
多分手塚治虫のキャラだろう、マンガの人物像をシルエットにしたもので日の丸を形作り、それを横山大観の富士山の上に掲げている。
いろんな方面の人が怒り出しそう...とあきれる時点で既に術中にはまっている訳で、なんかくやしい。

中村ケンゴにバカにされたように感じながらそのまま常設展へ。
かしこまって一枚一枚絵を鑑賞していると、まだ中村氏が肩に乗っていて茶化されている気になる。いかんなあ(苦笑)。
今村紫紅、飄々としてなんともいえないかわいらしさがあっていいなあと思う。

横浜って、東京から30分かそこらで行けるのに、ガランとして広々して、雰囲気が全く違う。
今は余所者という感じで、どうも落ち着かないが、新居ができたら私は横浜市民になるのだ。
横浜美術館にももっと足が向くようになるだろうか。

Parentesi@池尻大橋

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池尻大橋のParentesiへ。
目黒川から一本入った商店街の中。ビルの2F。

入り口ドアを開けた途端、他所様のテーブルに置かれたスパゲッティボロネーゼに目が釘付けになる。
いかん、今日の主旨はあくまでもピッツァなのだ。

マルガリータのセットが1100円。飲み物をつけたらプラス200円。
ピッツァの他にサラダと小さなパン、デザートにゆず風味のアイスクリームがついてきた。
考えてみたら、ピッツァとパンって、餃子ライスやラーメンライス、焼きソバパン以上に、おかしなことのような?
でもスコーンみたいなこのパン、もちもちしてチーズ味でおいしかった。

肝心のピッツァもパリッとしてモチモチして香ばしくておいしかったのだが、お腹がいっぱいになってきて、窯から出したてのパリパリ感が失われてくると、最後の1切れ、2切れはつらい。
満腹感さえも忘れて食らいつくほどの感動はなく、段々生地に飽きてくる。
粉もお水も酵母もイタリアのもので作った生地なのだそうだが、他所のピッツェリアと比較してダントツにここが違う!というところが私にはわからなかった。
でも、ボリュームを考えたらかなりお得といえる。
あの量、SAVOYの倍近くあるんじゃないだろうか。

家づくりのネタがなく食べ歩きでお茶を濁すばかりの今日この頃、こんな素敵なキッチンでこんなおいしい自家製ピッツァを作りました(なんて素敵な私)みたいな投稿がしたいものだ(泣)。

庶民的な商店街を歩くと、貸本屋の看板が。
へえっ!ブックオフでもなくマンガ喫茶でもなく貸本か。ちょっと感動。

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Parentesi
目黒区東山3-6-8
月~土 11:30~14:00 17:00~翌1:00
日曜日 17:30~翌1:00
不定休

一鶴@青葉台

f0064818_17135687.jpg一鶴の青葉台支店へ。
お昼前に現地に着いたのだが、平日だというのに大盛況の様子。駐車場に入るのにまず行列、店内に入るとまた行列。
丸亀の骨付き鳥、もっと泥臭い感じかと思ったら、おしゃれな雰囲気。
吹き抜けのガラス張りの店内からニョーンと何本も照明がぶら下がり(説明が下手ですね...苦笑)、正面にはカウンター、リゾートホテルのバーみたい。
でもガラスの向こうには青い海や摩天楼の夜景ではなく、青葉台の住宅地が広がっている。
どのお宅も、店の側にはレースのカーテンをひいて...ああ、こんなに人気の店ができてしまって、ひっきりなしに大勢の人に見られたら、それは大変だろうな。

行列ができるほどの混雑でも席に通されれば気にならない。
テーブルとテーブルの間をゆったりととった店内、スタッフの方々も無駄なくキビキビと動いている。
客層のほとんどは30代から50代の女性、青葉台マダムというヤツだろうか。
皆さん、庶民的というか気さくな感じというか、まあ、どんなに高級車で乗りつけ、よい服を着ていても、焼肉屋みたいな前掛けをして、ハジメ人間ギャートルズに出てくるような骨付き肉にかぶりついたら、気さくな感じになってしまうわけだが。

ランチメニューは親鶏とひな鶏の骨付鶏ランチのみ、それぞれご飯とスープ、キャベツがつく。
今回は親鶏を注文。
食べ方はご存知ですか?と聞かれる。そりゃ、手に持ってかぶりつけばよいのでしょう?
...と一口ガブリ...
かたい

硬いです。柔らかいものばかり食べていた近頃、久々に噛み切れないものに遭遇。
どうしてテーブルの上に鋏がおいてあるのか納得。

原始の血が沸き立つというのだろうか。顔を油まみれにしてしばし肉と格闘する。
こうやって肉に食らい付き、噛み切ったのは子供の頃以来かも。
ジューシーという感じはない。肉はピンクの状態をとうに越え、ジューシーな状態も越え、いろんなものを越えて、甘いも酸いもかみ分け、オーブンから出て私の元に運ばれてきた、という感じ。
だけど濃い味付けにも負けない鶏のおいしさが堪能できた。
おいしかった。だけど顎が疲れた(苦笑)。

遠い昔、10代の頃、ボーイフレンドとケンタッキーに入り、どうやってかわいらしく目の前の鶏を腹に収めればよいのか悩んだことがあった。
私もピンクの状態を越え、ジューシーな状態を越え、青葉台で鶏にかぶりつくまでになってしまったか(しみじみ)。

古家庵@赤坂

f0064818_1875015.jpg古家庵でランチ。
一ツ木通りをちょっと入ったビルの地下一階。
韓国の民謡だか演歌だかが流れる店内。
靴を脱いで畳に上がり、お膳の前に座ると、ひざ掛けの布を渡される。
民芸茶屋風というか、郷土料理屋風というか、地方の居酒屋風というか...雑居ビルの地下なのだが古い民家でくつろいでいるような不思議な気安さ。朝鮮のタペストリー(なんていうのだろう?)なんかが飾られて、なんかかわいい。

ランチは850円から。
冷麺やビビンバ、キムチチャーハン、焼肉定食などがあり、どれにもスープとサラダ、それに「人参ジュース」と呼ばれる朝鮮人参風味の甘い牛乳(?)がつく。

安い!早い!うまい!感じがよい!
ただ私にはちょっと量が....多すぎた。
母親が、「あんた、もっと食べて精をつけなさい!」というような、温かさのある大盛りなのだが。
ううう、少なければ腹立たしく、多ければ腹が苦しく...難しい。
小食の女性やら働き盛りの営業マンやらいろんな人を相手にするビジネス街のランチ、誰に合わせてもどこからか不満は出るのだろうな。
もう少し通いつめ、常連さんになった暁には、「小盛りでお願いします」といいたいものだ(苦笑)。


古家庵
東京都港区赤坂3-20-8
臨水ビルB1F
平日11:30-14:00
17:00-24:00

砂場@赤坂

f0064818_1652454.jpg雰囲気のある店内。
他所とは違う店員さんの口調、指導されているのか皆薄いお化粧に後ろでひとつにまとめたヘアスタイル(昔の東京はこんな感じだったんだろうか)。
肝心のお蕎麦は....びっくり!とってもおいしくて、とっても少なかった!

つゆの味もすばらしく、更級系の白い上品な蕎麦は歯ごたえもよく、冷やしすぎず風味を存分に楽しめたのだが.....この頭髪の薄くなった人が一生懸命ふわーっと頭部に広げてそれでも地肌が見えているような盛り方は....
いや、足りなければ大盛りにするなり、二枚三枚と頼めばいいのだ。玉子焼きとかサイドメニューもおいしそうだったのだが、お腹いっぱいになるように注文したら、ランチで3000円は軽く越えそうな。
三口で食べ終え、蕎麦湯で胃のキャパシティを埋める。
神谷町の砂場でも五口はあったような。

お蕎麦って昔は腹を満たすものではなく、ちょちょっとすすって楽しむものだったんだろうか。
これでは腹のたしにならないと言ったら、「風流でない」「田舎モノ」ということになるのだろうか。

最後支払いを終えると、お店のマッチをいただいた。
今は遠い昭和の体験ができる貴重な店かもしれない。