空につながるための家

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思い出の管理人にならないために

f0064818_11402676.jpgまたお見苦しい画像をすみません。。
我が家の物置です。これでも大分すっきりしました。

昨年体を壊し手術をしました。
入院する前はフラフラで掃除どころではなく、退院後しばらくは寝返りも一苦労な状態。
夫は、「大丈夫!家の事は心配しないで」と言ってくれていたのですが、帰宅してみると布団がずっと敷きっぱなし。「君が無事退院してここに帰ってくるよう願掛け」だったのだとか。。
とにかく横にならねばと布団に入り、天井を見上げると蜘蛛の巣が...でも起き上がって取り去る体力もないので、「みなかったことにしよう」と横を向くと部屋の隅には綿埃やら髪の毛がモワモワ、西部劇で出てくるカラカラ風に舞うアレみたいに。掃除機をかける体力もないので、また「みなかったことにしよう」と反対を向くと今度は夫の布団が目に入って。掛布団カバーの顔の当たるところが黄色く汚れている!!...洗濯機をまわす体力もないのでとにかく目をつぶると今度は埃でくしゃみがとまらない。くしゃみをするたびに傷口に激痛が走り、もういやだ、もういやだ、と呪文のように唱えながら、元気になったら徹底的に掃除をしてやるっ!!と固く心に誓ったのでした。

昨年の11月半ばにやっと床から離れることができ、やるべきこと全てをリストアップしてエクセルで綿密な年末までの計画表を拵えました。
その計画表に沿って毎日押入れの中からパソコンの筐体内部まで徹底的に掃除しました。
これまで夫の持ち物に手をつけては悪いと遠慮していたのですが、バンバン処分、夫に聞いたら絶対取っておけと言われそうなものも聞かずにバンバン処分しました。
ベタベタになったゴム風船が段ボールに3箱(重かった)、使わないタイヤ、10年以上前のOSに対応したソフトやマニュアル本、外国のコイン、昔描いた油絵、結納がわりの食事会のために誂えた服etc..なんでこんなもののためにスペースを割いていたのだというものから、涙をのんでお別れしたものまで、毎日毎日捨て続け、使えそうなものは寄付したり、リサイクルに出したり...30袋入りの45リットルゴミ袋があっという間になくなり、また買い足し、またすぐなくなり、という勢いでした。
こんな小さな3DKによくこんなに詰まっていたな。。。というか、この広さであれば管理できる自信があるけれど、これ以上となると100㎡でもキツいかもしれない。

体力がまだ戻っていなくて、しんどかったりもしたけれど、生き方変えるんだ、家の整頓は心の整頓なんだ、さっぱりすっきりしてよい年を迎えるんだ、と必死でした。
夫はそんな私を恐ろしいものでもみるように遠巻きにみていたっけ。鬼の形相だったんでしょうね。。

そうしていて再確認したのが、自分が把握しメンテナンスできる以上の物を持ってはいけないということ、とりあえずと詰め込んでゆくと奥にアクセスできなくなり、目に入らないとそれがあることを忘れ、また買い足し、かくして家がモノだらけになってゆく。。
捨てられないという気持ちもわからないでもないです。ただのモノではなく思い出も一緒だから。亡くなった肉親や今は消息のわからない友人からの手紙、初めて編んだセーターや最初のお給料でドキドキしながら買ったコート...それらを初めて手にしたときの記憶と共に若く幼かった自分自身がよみがえり、恥ずかしくなると同時に、ああ、と言葉を失ったりして。
実家などはそうした家族の思い出が数十年分詰まっているからもうあふれそうな勢いです。
思い出の管理人になるにはまだもう何十年かの未来があるはずの夫と私、大事な思い出はとっておくとしてもそれはほんの少しでいいじゃないかと思います。

とはいっても、夫の捨てられない癖は多分一生続くんだろうな。
新しい家では夫の趣味の部屋に十分な収納スペースを設け、そこには私はノータッチ、埃が舞っていようが散らかっていようがなんの文句も言わず、好きなようにのびのびと暮らしてほしいです。でも!そこから他の部屋にまであふれてきたら、容赦なく、警告なく捨ててゆくつもりです(笑)。

本当にいいの?ニュータウン

重松清の「定年ゴジラ」を読みました。
泣かせるところは泣かせ、笑わせるところは笑わせ、映像的というのでしょうか、ドラマになったら配役はこの人で...と想像も楽しく、いつもの通りの重松ワールドだったのですが、読後考え込んでしまいました。

本当にニュータウンでの郊外生活でいいの?

主人公は山を切り開いたニュータウンの分譲地に家を建て、ローンを返しながら子育てや仕事に奮闘し、やっと定年退職してわが町を振り返る人たち。
歴史がない、文化がない、ちょっとした居酒屋や気の利いた文具店もない、本当にここが故郷になりうるのか。。

まさに私達が購入した土地のある地域と一緒!
ちょっと前まで狸や雉が住んでいた山林を切り開き(狸さん、雉さん、ゴメンナサイ)、今一斉に新しい家々が建っているところ。
駅前にはマクドナルドもスターバックスも都市銀行もない。
近くには大型ショッピングセンターやDIYショップがあるけれど、おおっと感動するものや、大事な人に贈りたいという商品があるわけでもない。
道が広くて、同じような広さの整形地が整然と並び、人が集まるうち自然に形成されていった坩堝的なおもしろさはない。

物語では、主人公達はこれまでの人生を肯定する過程のなかで自分達の町への愛を再確認し、御近所同士絆を深めてゆくのですが。。
私がこれからその境地までたどり着けるか、不安です。
なんにもない、白いキャンパスのような状態なので、皆がよい町にしようとがんばって何十年か経ったらきっとよい町になっているのでしょう。少なくとも何十年か分は。

先日千葉県のニュータウンに居を構える年配の女性の話を聞きました。
娘さんが出て行ったそうで、捨て台詞が、
「こんな田舎でも都会でもないところ、おもしろくもなんともない」
そうか、おもしろくもなんともないのか。
田舎のよさと都会のよさが両方味わえてよいと思っていたのですが。

夫の無線の趣味とモノを貯めこむ性質がなければ、都市部のマンションで、本は図書館で借り、食料品は24時間オープンのスーパーでこまめに買いと、いろんな機能を外に求めた便利で簡素な暮らしを求めたかもしれません。
新幹線に乗り車窓を見ているとき、東京に近づくにつれて、ゴチャゴチャと町並みが汚くなっていき、いろんなスタイル、いろんな色や素材の家々が、境界線ギリギリに建てられて、一生懸命土地の所有権を主張しているようなやかましさを感じます。
家とか、お墓とか、都市部ではまとめてしまったらいいのに。派手派手しくない町並みに溶け込むデザインの集合住宅に住み、余った土地は広い道路や公園やホール等にしたらもう少しすっきりするんじゃないだろうか、なんて乱暴なことを考えていました。
きっと一軒一軒のお宅を訪れる機会があれば、その家族の歴史や家への愛情に納得し、やかましいだなんて思ったことを申し訳なく思うのでしょうが。
でも、そのように土地への執着をなくし、都市部で縦に住まうことを考えたら、少なくとも前述の狸さんや雉さんのねぐらを奪うこともなかったわけで...。

ニュータウンでの生活が、都市の刺激を犠牲にしても余りあるものであることを願うと共に、都市を離れ、山を切り開いてまで戸建を求めたのだというある種の覚悟を持たなければ、と思いました。

カスタード饅@萬珍楼点心舗

f0064818_1426206.jpg横浜に用事があり、中華街で点心ランチをしました。
お見苦しいものをお見せしすみません。。。画像はほとんど食べ終わったあとで、
「あ、いけない!」
とデジカメを取り出し、撮影したものです。
ちまきや大根餅や、その他の品もとてもおいしかったのですが、画像左奥のカスタード饅がどうしてもどうしても食べたかったので念願がかなって大満足!

随分以前イギリスにいた頃、中国系の友人と家をシェアしていたのですが、当時中華街でレストランのウェイトレスとして働いていた彼女が、私の大好物と知ってよく持ち帰ってくれ、また皆で中華街に行くと必ず注文したものでした。
おいしかったなあ。
帰国してから中華料理をいいただく機会があるごとにメニューにカスタード饅を探しているのですが、見かけることは少ないようです。
大手ではないコンビニで一時期、あんまん肉まんと共にカスタード饅がレジの横で蒸されていたことがあり、その冬はそのコンビニに足しげく通ったものですが、そこからも消え、そのコンビニ自体も消え...
あの濃厚な黄身餡は日本人にも絶対ウケると思うのに、どうしてだろう??
私のカスダード饅への偏愛はすさまじく、前述の友人が厨房を覘いてレシピを聞き出してくれたことがありました。たしか、卵黄や砂糖の他にものすごい量のバターやエバミルクを入れていたように記憶しています。そのメモをなくし、自力で作る術も失い。。。

横浜中華街には詳しくないのですが、萬珍楼点心舗は、「センスのよいお金持ちの華僑のお宅にお邪魔しましたの、オホホ」的な内装が素敵で、明るく丁寧でありながら押し付けがましさのないスタッフの対応も非常に好感がもてました。もちろん料理が美味だったことは言うまでもありません。
しばらくは、カスタード饅禁断症状が出たら、萬珍楼に駆け込むことになりそう。
少なくとも、もうすこし手軽且つ安価に済む方法がない限り(涙)。

キッチンの変なオーストリア人

f0064818_1662033.jpgオリンピックでオーストリア勢は大活躍ですが、我が家の変なオーストリア人のおじさんは今日もキッチンの棚に鎮座ましましています。
彼との出会いは数年前、観光で訪れたウィーンの日曜市で見かけました。なんだ、これ、と眺めていると、いくいくらでどうだ、と店番のお兄さんがふっかけてきました。それはないだろうというほどの高値だったので、苦笑しながら店を離れると、背中越しにいきなり先ほどの1/10の値段を叫ばれ、さらに振り向くともっと安くなり...こちらが値切る前からそんなに勉強してくれなくとも...呪いでもついているのか?
結局数百円で購入しました。もともと何に使われていたものかは不明ですが、楊枝入れに丁度よいサイズです。
f0064818_16245086.jpg何を考えているのか、何も考えていないのか、あがーっと開いた大口がなんともいえず、楊枝をとるたびに焦った顔の市場のお兄さんや、クリスマス前のウィーンの街の浮き立った雰囲気が思い出され、楽しい気持ちになります。
でも我が家のペットの鳥は、このおじさんを見るたびに、目を三角にし、冠羽を逆立ててギャーッと怒り狂います。。
おじさん、どこで生まれて何をしていたんでしょうね。
日本で生まれて灰皿をしていました、だとちょっと辛い、あ、でもオーストリア生まれで痰ツボをしていました、よりマシかも。大きさからいってそれはないか。
古いものは、そこに物語を想像できるのがよいですよね(苦笑)。

ボンゾのグッズもほしかったのですが、手のひらにのるほどの小さな陶器の置物でも数万円とか十数万円で、とてもとても...
by soraie | 2006-02-21 16:35 | モノ

ロールケーキの上にも三年

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代沢にあるシェ・かつ乃が今のところ私の中のロールケーキ世界一です(世界を股にかけてロールケーキを食べ歩いているわけではないが...)。
箱に入れて販売されているのですがそれも当然、両手でそおっと持ち上げても、いや、ただ置いておくだけでも重力にへしゃげてしまいそうなはかない軽さ、ペロリと一本食べてしまえる自分が怖い。
家が建つ予定の土地は代沢までヒョイと出かけられるような場所にはないので、どうしたらあんな風に作れるのだろうと試行錯誤を繰り返しています。
共立てで作ると玉子焼きのような濃厚さは残るのだけれど、なんだか重たい。シフォンケーキのように作ると軽さはあるのだけれど卵のコクが出ない。
やっぱり特別な卵でないとあの味はでないのかも。中にはさむホイップクリームも乳脂肪分が高いものだと重くて、さっと口中で消える感じにはならない。欲張っていっぱいクリームをはさむとカオスに...。
最近クルクルとロールケーキを巻いてばかりいるようで、それでもなかなかうまくできません。
100本位巻かないとダメだろうか。巨人の星みたいに特別なギプスでもつけて作ったら早く上達しないかしら...
f0064818_16105346.jpg夫は私の”今イチたまごロール”に飽いたのか、最近はチョコレート味をリクエストされます。
なんとか会得したいものだなあ。
最近、買ってくるのでも自分で作るのでも、凝ったデザートや変わった新しいものには食指が動かなくて、ただのビスケットとか、ただのパウンドケーキだとか、大福だとか、今ハマってるロールケーキだとか、ノスタルジックでシンプルなものばかりです。
よそいきのお菓子はもういいや、という感じ。
新しい家では、いっぺんにたくさん焼ける大き目のオーブンや、焼き上げた後の菓子やパンを置いたり生地をこねたりできるどっしりとした大きな木のテーブルがほしいなあ、ハンドミキサーやブレンダーをさっと使えるように調理台付近に調理家電の収納スペースや多めのコンセントもほしい...と夢は膨らむのですが、ケーキの膨らみは今ひとつみたいです。

東京麺通団

f0064818_1622039.jpg讃岐うどん大使 東京麺通団に行ってきました。
新宿はあれだけ大きな街なのに、どうも食べるところが見つからないでいました。特に西新宿。
ホテルやデパートに行けば、食事でもお茶でもそれなりに満足ゆく時間が過ごせるのでしょうが、毎回数千円も払っていられないし...価格以上の満足感が少ない気がする。。。
パークハイアット内のデリカテッセンのイートインコーナーは、雰囲気よくいつもおいしいけれど、サンドイッチと飲み物で1000円越えるのかい、とつっこんでみたくなる。

で、見つけました!西新宿で安くておいしくて大満足のお店。
うどん大使、麺通団...仰々しい名前ですが、讃岐の職人さん達が東京に本場讃岐うどんを伝えるため、交代でやってきているそうで納得。
うどんもすばらしいのですが、おかずもすばらしい!
よくあるセルフの讃岐うどん店では、場末のスーパーの惣菜コーナーにいつまでも並んでいるような、冷えてべたーっと油っぽい天ぷらやコロッケをみかけますが、こちらは揚げたてでサクサク、フライ類の他にもふわふわの厚焼き玉子だとか、飴色に光る鶏手羽だとか、レジにたどり着く前につい手が伸びてしまう魅力かつ危険をはらんでいます。
今回は「かまたま」とちくわ天をいただいたのですが、500円でしっかりおつりがきました。
うどん界のカルボナーラの命名にふさわしく、うどんの熱で半熟気味に固まった卵とコクのある醤油だれにからまったもちもちのうどんを口に運ぶと、もう全てを忘れ頭の中がかまたま状態に。
スタッフもみな感じよく、楽しんで生き生きと仕事をしている雰囲気がとても気持ちよいです。
食べ終わったあと、ああ、また来よう!とすぐ思うお店。

今年も来るかな?ナミアゲハ

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私は園芸が好きなくせに虫が苦手です。
爬虫類、両生類はともかく、どうも虫だけはダメ。。。甲虫はまだよいのですが、芋虫とか蝶、蛾のたぐいは特にダメ。
これまでみた最悪の悪夢は、全長1mくらいの巨大な蝶がガーッと向こうから飛んできて、バッと胸元に止まるというもの、身動きできず悲鳴もあげられず。
田舎で育った子供の頃は、毛虫でもなんでもつかんで遊んでいたのに、いつの頃からこうなってしまったんだろう。

なのにこのところ毎年ナミアゲハを育てています。
最初は、眠くてたまらないのにレポートを今日中に仕上げなければというとき、一番おぞましいもの=青虫の五齢をネットで見て、ぞっとして目を覚ましたのがきっかけ。そのうちに虫に愛情をこめて羽化させている人達のHPに出くわし、私もやってみようと。
米粒よりも小さな小さな卵が段々と黒くなり、幼虫が生まれて、鳥の糞みたいだったものが鮮やかな緑色の青虫になり、突然何かに突き動かされるように大変だ!という風に蛹になり、蝶に孵ってゆくのは本当に不思議です。蝶になった彼らは幼虫のときの記憶があるのだろうか?
うちではポンカンとオレンジレモンの葉を与えているのですが、シャクシャクと何十匹が食事をすると、家中に柑橘類のよい香りが立ち込めます。食べて糞をしてまた食べて寝てる彼らを見ると、私もそれでよいのだ、むしろ見習わねば、などと思ったりして。

都心での一人暮らしが長かったせいか忘れていた生き物への興味を、主婦になって時間ができてから思い出すようになりました。
郊外で暮らすようになれば、小さな庭のささやかな生態系ではあっても、こういう楽しみは増えるのではないかと期待しています。
スズメバチの襲来とかダンゴムシの大量発生とか野鳥の糞害とかゴキブリとの格闘とか、まあ、そういうものも増えるのかもしれないけれど。。

梅の花もほころんできたこの頃、最初のアゲハがやってくるのはいつだろうと、心待ちにしています。

登記完了!

財務局からやっと電話がありました。登記手続きが終わったので、権利書をとりに来て欲しいとのこと、夫は仕事なので私が一人で行ったのですが、すごく緊張しました。
夫がこれまで長い間、くやしかったり腹が立ったり疲れてイヤになってしまったりしながらも働いてコツコツ貯めてきた大事なお金のほとんどが紙切れに変わり、それをひょいと持ち歩くなんて!
よくホームドラマなどでみる、ドラ息子が家の権利書を持ち出して...みたいな修羅場を思い出し、なくしたらどうしよう!盗まれたらどうしよう!と、バッグを脇にぴったりつけ、もう片方の腕でしっかりガードして、電車の中でうたた寝するどころではありませんでした。
しかし、権利書って藁半紙みたいなペラペラの紙なのですね。。。表紙もなければ製本もされていない、本当に「紙切れ」です。

オフィスに着く時間がちょうど担当者のお昼休みに重なってしまったので、街をプラプラと歩いて時間をつぶしました。
東京から30分ほどで行けるのに、これまでこの街に来たことがほとんどありませんでした。でも充実したショッピングモールは店揃えもよく、効率的に買い物ができそう(ローン返済が始まったらそれどころではないのでしょうが)。おいしそうなレストランもいっぱい、建物も道幅もガランと広くて、歩きやすい!なにより空が広くて海が近くて開放感がある!
将来はここの市民になるのだから、この街にもちょくちょく買い物に来ることになるのかな、と想像してうれしくなりました(ここの市民になっても相変わらず東京方面へのアクセスの方がよいのですが)。

ところで初めてのブログ、です、ます調でいくのか、だ調でいくのか、どちらが書きやすく読みやすいのでしょう。
ページデザインももうちょっとなんとかしたいし、まだ使っていない機能もいっぱい、使いこなせるまでにはコンテンツも少しは充実してゆくでしょうか。

バラから根っこが!

f0064818_15451890.jpgベランダの鉢植えのバラの花ガラ摘みをして、その枯れかけの花ガラを水に挿したのが昨年の師走、多分お正月の帰省の前に捨てることになるんだろうな、と思っていたのですが、年を越してもまだ花が持っていました。いつまで咲いているかこうなれば実験だ!と観察していたのですが、さすがに最近花びらが全て落ちてしまいました。それでも2ヶ月も花が持つなんてどうなってるんだ、驚異的!
「お前達もがんばったねえ」と捨てようとしたのですが、水に浸けた切り口にモコモコした白いものがついているのに気づきました。
なんだろう?触ってみると意外に固く、腐っている様子もありませんし、葉っぱが相変わらずピンと元気そうなので、そのまま置いてみることにしました。
すると日に日に白いモコモコが伸び、根っこになってきたではありませんか!
びっくり、ミントやオリヅルランではよく水に挿して増やすけど、バラは初めて。
本当にバラなんだろうか?しかもその鉢、自分で買い求めたものではなく、花博へ行きましょうキャンペーンかなにかに偶然出くわし、無料でもらったものなのです。
実は地球侵略をたくらむ宇宙生物かなにかだったりして。
by soraie | 2006-02-15 15:59 |

アンテナがあっても素敵なお宅

f0064818_1823251.jpg車の整備点検にディーラーを訪れ、しばらく時間がかかるというので、近所をプラプラお散歩しました。
近隣住民の方には御迷惑でしょうが、私は風光明媚な観光地より、住宅街や繁華街の裏通りを歩くのがとても好きです。ああ、こんな家がいいなあとか、こんなところに昔風の喫茶店がある!とかいった発見が、珍しい野鳥や美しい山並みを見るより楽しいのです。特に今は家が。
鬱蒼と大木の植わったすごい豪邸やすっきりと工夫されたミニ戸、住んでみたらいろいろ大変なのでしょうが、朽ちた感のある昭和の平屋にも憧れます。
家を建てる計画のなかった頃には、あんな外壁がいいなあ、やっぱり窓枠は木がかっこいいなあ、などと好き勝手に思っていたものだったけれど、お金のこと、メンテナンスのこと、現実に迫ってくると...。
多くの人には既に当たり前のことなのでしょうが、最近太陽が出ていないときにも住宅街で方角を知るようになりました。パラボナアンテナの向きというのはよく聞きますが、大抵のお宅は北いっぱいに家を寄せ、南側を大きくとり、西にはあまり大きな窓をつけないものなのですね。これでもう知らない街でも迷うことがないかも?

そんなことをつらつらと考えながら歩いていると目の前にタワーアンテナのあるお宅を発見しました。
町並みの美しさや近隣とのバランスが大事だと信じながらも、自分のうちは奇妙奇天烈なアンテナタワーを立てるという矛盾にどう対処したらよいものか、酔いどれ先生はどんなタワー付き住宅を提案してくれるのか、非常に不安でしたが、このお宅は立派なタワーを立てながらも家とのバランスや町並みを崩していないように思います(私が見たのはあくまでもタワーが伸びていない状態ですが)。
銀色のタワーと、銀色のアルミサッシの直線的な鉄筋のお宅がマッチして、築年数を経てもきちんと手入れされ、大事に住まわれてきた様子が知的且つアカデミックな雰囲気さえ漂わせているような...これは無線夫を持つ妻の欲目かな(苦笑)。
長い短波のアンテナも御近所の敷地にかかっていず、我が家でもいけるかなあなどと想像しました。

未来の我が家は木造の予定なので、あのような雰囲気にはならないでしょうが、素敵なアンテナ住宅を発見できて、希望が湧いてきた!