空につながるための家

カテゴリ:その他( 73 )

5年ぶり!

いやいやいや、5年ぶりのログインだ

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もうすぐだ

固い蕾が開いたら、また桜並木を歩こうね。

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雪積もった

うわ...通勤どうしよう。。
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スーパームーン


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前へ、前へ

アニメの「時をかける少女」、録画を見た。

主人公の女の子はいつも走っている。
あわてんぼうというキャラもあるし、タイムリープするのに走る必要があることもあって。
元気でかわいいなあと思う反面、迷惑だなあと思う。
私、右腋のリンパ節をとっているので、重いものはいつもヨタヨタ左手で持って、右手に擦り傷を作らないように注意して生活しているのだ。
そんなこと知らない主人公が私を突き飛ばし、「おばさん、ごめんなさい!」と去っていったら...微笑ましい気持ちにはなれない。

あと、東博の学芸員の叔母さんが絵画を修復している部屋で、(多分)つばをとばして、身振り手振りテンション高くおしゃべりしたり、飲み食いしたりするのも...いやだなあと思った。

でも、映画はワンシーン、ワンシーン、丁寧に作られていて、ある夏の日の数日間がきれいに保存されていて、せつないような気持ちになった。ああ、17歳じゃないけど、やっぱり二度と来ないこの季節、一日一日、一瞬一瞬、大事に過ごしたいなあ。

ラストの名シーン、遠い未来から来た男の子が自分のいた世界へ帰って、二度と会えなくなる前の最後の会話、
男の子「未来で待ってる。」
女の子「うん、すぐ行く。走っていく。」

涙、涙。
主人公の女の子はいつもエネルギッシュで走っていたけど、よそ見してぶつかったり、現実に直面して、回避するためにタイムリープの力を使ったりしていた。
男の子が、女の子のはるか未来で「待っている」ことで、女の子はもうよそ見しないで、現実から逃げることをしないで、エネルギッシュなまま、男の子を信じて、前に前にずっと走ってゆけばいい。おばさんになっても、おばあさんになっても。
男の子は、生きてゆく糧というか、灯台の灯のような、一番大事なものをプレゼントしたんだ。

原田知世の「時をかける少女」はもう少し受身で、記憶をなくされても恋心を抱き続けて、だれだかわからない誰かを待ち続け、おばさんになっても、時折、ラベンダーの香りを嗅ぐ度に、少女の頃と同じせつない気持ちになるだろう。自分で彼のいる方向に走っている自覚はないけど、やっぱり「時をかける少女」だ。

ということをぼやっと考えながら、今朝、日曜美術館を見ていたら、巡礼路の話が出てきた。
宿泊所で一緒になった人と別れるとき、「ウルトレーヤ」って声をかけるのだそうだ。
「よい旅を」とか、「お気をつけて」とか、そんな意味かと想像したら、
「もっと遠くへ」なのだそうだ。

これってシンクロニシティじゃない?


私は幽霊を見た

運転中、ふと前の車のステッカーを見て愕然とした。
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子供のころ恐怖だった「私は幽霊を見た」の挿絵じゃないか!40年ぶりにトラウマが甦った。
幽霊に遭遇した人たちの体験談を集めた怖いもの見たさの子供向けの本、今思うと、戦争がらみのエピソードが多かった。
あのころって戦争は、まだまだ「ついこの間」の、生々しい出来事だったんだろうな。無念なことなんて当たり前にだれの胸にも山ほどあったんだろうな。


雪積もった。。

うわ。。どうしよう。
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この世の花

この世の花っていい歌だな。
儚さと悲しみとかわいらしさと高音の美しさと…その後60年の島倉千代子の歩みがすでに最初の一歩に全てつまっている。

あまちゃん!

最近、小泉今日子がいいと思う。
先日、「毎日かあさん」を見たのだが、(映画はともかく)小泉今日子の保ち具合、演じ具合がよかった。
西原理恵子役が小泉今日子なんて美化しすぎでは、と思ったのだが、いやいや、徹夜明けのはれぼったい目、ぶかっとした服からでもわかるぽっこりお腹、ちゃんと忙しい日常を生きている人にみえる。

アルコール依存症の夫が、幻覚におびえて暴れるシーン、あとで全部自分が片付けるのだとうんざりしながら、しらーっと夫を見つめる表情がうまかった。
生徒諸君の頃、後にこんな表情ができるようになる人とは想像もできなかった。
かといって、役のためにここまで自分を汚したという悲壮感もなく、鼻につくような熱演ではなく。

よく歳を重ねてもきれいな人が、「なにもしてません」って言うけど、本当に小泉今日子って何もしてないのかも。
しかしこの人はかつて日本一かわいかったのだ。
奇抜な扮装をしたりして素材のよさがわかりにくいときもあったけど、デビューからしばらくまでの映像など今見ても奇跡のようにかわいいと思う。
あんなに輝いていた人が、それを失うのはどれだけ恐ろしいことだろうと私などは思うのだが、当人はどうとも思っていないみたいだ(アイドル時代から、おばあさんになりたいとか言っていたものな)。
でもなにかの拍子でものすごくきれいなときがあるのだ。
歳を重ねた女性ってこうありたいと思う。
鈴木保奈美が、「大人のかわいさ、みせてあげる」とか言うのを聞くと、ぞぞっとする。
夏木マリがいかにも熱演といった熱演をするたびにうんざりする。
崩れ具合と保ち具合、力の入れ具合と抜き具合が難しいところなのだと思う。

と、そんな感じで注目していた小泉今日子が朝ドラで母親役、これが期待を裏切らないいい感じ。
うまい人たちに囲まれながら、負けることなく、浮くことなく、物語の中でよい位置につけている。
元つっぱりで地元で有名な美少女で、故郷や母親に対して屈折した思いを抱いている、という設定が、小泉今日子のやさぐれた感じ、でもじっと悲しみをかかえているような内省的な感じにぴったり合っている。

小泉今日子が突出しないように、他の出演者も皆クセのあるうまい人たちばかりなのに、皆よいバランスでいい感じなのだ。
脇をがっちり固めたそんな中を、主役の能年玲奈が、清らかで真白なまま、ぴょんぴょんはねまわるかわいさ。
もう、毎朝、楽しくて、うれしくて。大笑いして。
朝によいことがあると、一日が幸せに過ごせる。朝ドラはこうでなくちゃ。

朝のバタバタした時間だけれど、オープニングさえも見逃せない。
音楽と映像がリンクしてロコモーション、シュッシュとかわいらしい北三陸鉄道の美しい自然をぬって、ぐんぐん進んでゆく。ぱあっと広がる空、海、きりたった岩!
そして能年玲奈がピョーンとはねる!ウニも一緒にはねる!私の心も朝からはねる!(ハア!ハア!)

おひさまは戦後から急に屁になった。
カーネーションは最後にとんでもないクソになった。
どうか、あまちゃんは最後まで無事でありますように。

10年越し、30年越し

最近、時間だけはたっぷりあるので、押入れや本棚、クローゼット…引っ越してからずっと懸案事項だった片付けをボチボチ進めている。
10年前通っていた通信大学のテキストやレポート類、随分処分した。
読み返しても記憶が蘇らないということは、もう既に今の私に不要なことになっている、結局身につかなかった、ということだよね。ごめんなさい。
(これは強烈に心に残っていて処分しなかった)造園史のレポートで、東京の大名庭園の歴史と今を比較するお題があって、添削いただいた先生が、語りかけるように書いてくださっていた。
「soraieさんが古地図を手に、大崎を懸命に歩く様子が目に浮かぶようです。ぜひこのテーマを忘れずに心に持ち続けていてください。川添登著『東京の原風景』は読まれましたか?ちくまから文庫本が出ています」

ああ、先生、ごめんなさい。
いつかもっと調べよう、いつか読もうと思いつつ、もう10年経ってしまいました。
というわけで、今頃読み始めた「東京の原風景」、ものっすごくおもしろい!
一文一文が美しくて、ぎゅと濃縮されていて、何度も読み返してしまうこともあって、全然進まないのだが。

今、江戸時代のお花見の名所部分を読んでいるのだけれど、小さい世界に生きていて、家の中の片付けしている私が行くことのできない過去のいろんな時間や豊かないろんな場所に行けるこのめくるめく幸せ!(東京の東の地理に不案内なのがもどかしい)


で、いきなり江戸から京に飛ぶのだが、京都には、ゆりおばあさんという92歳の方がもう30年間作り続けている絶品タルトタタンがあるそうだ(30年といっても60代で始めてるところがすごい)。
お店は岡崎にあるらしい…と検索していて気がついた。
私が18歳のときから、いつか行こうと思っていたスフレのお店の近くらしい。
徒歩圏内に住んでいたこともあったのに、どうして行かなかったんだろう。
今度京都に行ったときには、タルトタタンとスフレのはしごをしなくては!

おっちょこちょいのせいか、やり残したこと、取りこぼしていることって多いけど、戻って拾えたときの喜びがいっぱいあると思えばいいかな。