空につながるための家

トリー闘病9 〜トリーが吐いた〜

朝、トリーが吐いた。最初、いつものようにガツガツとフードを食べかけて、食べられなくなってしまった。自分でも意外そうだった。なんで僕食べられないんだろうって顔してた。
そうだよね、初めてうちに来た日も、断耳で大量出血した日も、去勢手術の後麻酔やら痛みでヨロヨロしてた日も、どんなときでも、トリーが食べられないってなかったから。

ステロイドと抗生剤を昨夜と今日の2日分もらっていたが、今日の分を与えるのは控えた。
それでも、トリーはまだ元気にしていた。
ヨロヨロ歩きながらも階段を降りようとするので、目が離せなかったから。
お散歩に行けない代わりに庭に出した。
芽を出した苗を踏んづけて、あーっ!しょうがないなあって、叱ったり、残念がったりしてた頃が、無性に懐かしかった(ほんの数日前なのに)。

休日で病院は開いていない。
今日B動物病院に電話をしても通じないし、D医療センターに決めていたところで最短で診てもらえるのは5日だった。
だから、今は何も打つ手がない。
それでも、不安で、これでよかったのかな、最良の道を行ってるんだよね、と何度も夫に確認した。

それから夫と、最悪の場合のことを話し合った。
自分が乳がんになったとき思ったのは、治らないなら、延命治療はなるべくしたくないなということだった。
この先寛解するという希望があれば、辛い治療でも先に楽しみがある。でも、治らないものなら、無治療はないけど、積極的な治療できつい副作用に耐えて1日でも長く生きるより、残り時間が短くなっても、緩和を中心にして、なるべく穏やかに笑って過ごしたい。重粒子線とか免疫療法とか、お金がかかる治療もしたくない。
トリーが脳腫瘍だったら、もう治らないってことだよね。手術で腫瘍を摘出したり、毎回全身麻酔で放射線治療を受けさせるより、元気でいた頃のように、いつものソファで安心して寝かせてやって、最期までずっと私がそばにいて見守ってやって、できる限り投薬で痛みや苦しみを取り除いてやりたい。
それでいいかな、うん、そうしよう、だから、D医療センターに行かない選択でいいんだよね、そういうことを話した。


今、トリーが生きていて、息をして温かいということがありがたくて、元気すぎるほど元気なのがいつも冗談の種だった、何事もない日常というのがどんなにか貴重なものだったか痛いほど実感した。
なのに、私はトリーのすぐ横にいて、トリーを見ないで、スマホの画面ばかり見ていた。
「犬・脳腫瘍」とか「ドーベルマン・歩行障害」とか、いろんなキーワードで必死に情報を集めていて、それらを上手に利用するというより、そうした文章を読んでいることで少しでも気持ちが落ち着いた。

この日も、一緒に一階の和室で添い寝した。

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今思うのは、痛みなく、穏やかに笑って死ぬなんて不可能だってことだ。
昨日できたことが今日はできない、そうやって当たり前に享受していた幸せなたくさんのことを、ひとつひとつ手放していかなければならないのは、かなりがっかりすることだし、当然痛みや苦しみを伴うだろう。
心と体が健やかに動いていたその複雑巧緻な機能が完全にストップするまでには、すさまじい勇気や忍耐が必要なのだと思う。
どこまで治療をがんばって、どこから緩和中心に考えるのか、自分自身であっても難しい。
まして、言葉が話せない、自分で治療を選べない犬ならなおさらだ。
自分の病気、自分の体だったら、自分が選択した道をいけば、後悔はあっても最後の最後に折り合いはつくんじゃないかと思う。
ペットの場合は、ずっと答えが出ないことを引き受けるしかないんじゃないだろうか。

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