空につながるための家

物語絵@出光美術館

郊外に越してから、気がつけば東京がずいぶん遠くなってしまった。
私、よく通勤してたなあ。というか、夫はよく毎日通勤してるなあ。
で、月イチの用事@東京のついでに、案内いただいた個展を見に、銀座のギャラリーへ。
銀座の街って、なんでこういつも、神社みたいな清々しい空気があるんだろう。
奥野ビル、知らなかった。往時の食糧ビルみたいななんとも不思議な場所。
明智小五郎がやってきそうな。古めかしいエレベーター、なぜかいろんなところに階段が。小部屋のひとつひとつが、ギャラリーだとか、ショップだとか、なんたら研究所だとか、個人の住居として使われていて、学園祭みたい。

原毛から紡いで染めて織った、信じられないほど軽くて柔らかいショールや、なんとも美しい発色の風合いのあるフエルトのバッグを拝見して、うっとり。
作家の方とお話をしていたら、紡ぎや織りってそんなに難しくないですよ、いつでも教えますよ、って。
なんかまた世界が広がりそう。無理かな。疲れちゃうかな。やってみたいな。

ギャラリーを出たら、用事までまだ2時間くらいある。
よし、駆け足で出光美術館だ!
銀座~日比谷まで、独特の晴れがましい&清々しい空気を楽しみながら歩く。


「物語絵」俵屋宗達の源氏物語、かわいい。指人形みたいな小さな源氏やお姫様にちょこちょこっと目鼻がついて、なんとも品があって。さすが王朝の世界…と思ってたら、ドロドロ,ベタベタしてなんともいえず汚らしい下品な屏風があって、見とれてしまう。お金をかけてつくって大事にしてきたから今も残っているんだろうに、なんでこんなに下卑てるんだろう。なんの目的で作ったんだろう。不思議!

西行が天竜川の渡し船で乱暴な武士に「(乗員数が多すぎるので)降りろ」と頭を叩かれ、血を流して我慢している絵(西行物語絵巻?)、下を向いて、ぐっと耐えている表情がなんともかわいらしい。おいたわしいや、と泣いている僧侶、赤ちゃんを抱えた若いお母さん、その乳母なのか、下級の女性、商人、生き生きとした群衆は、遠江の人達、私の祖先だったりするんだろうか。

福富草紙絵巻、着衣のまま下痢便を大量にし、打ち据えられて血だらけで、下半身を汚したまま泣きながら杖をついて歩く姿、それを子供に嗤われて、あんなにみじめなことってあるだろうか。
ちょっと前にテレビで、元女優が借金を背負わされて町工場で働いて、辛くて、娘と心中しようと思った、と話していたが、福富草紙絵巻の人を見て、まだまだ幸せだと思ってほしい。

伊勢物語のブルーが美しいなあとうっとりしていると、後ろに展示されている焼き物がトルコ石のような同じブルーだったり、宇治拾遺物語の矢の名人(変人)を描いた場面の後ろに、素朴かつ単純な矢の絵がかかれた茶碗が展示されてたり、平家物語の合戦図の後ろに鎌倉時代の太刀がすっと静かにたたずんでいたり。
展示が面白いなあ。楽しんでね、と、館から歓迎されてるみたい。

展示室を出たら、皇居の側のガラス張りの景色がわっと目に飛び込んできて、それも見事な屏風みたいだった。左の中景の高層ビルの縦横の線、下を見下ろすと豆粒のような群衆、なるほど、銀座に降りたときから感じてきた清々しい空気を発する中心は皇居だったか。満足げに座って、その景色を眺めている人達も幸せな作品の一部みたい。

また行きたいなあ。幸せだなあ。うれしいなあ。


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