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空につながるための家

勇者と妖精とお姫様

春の乳がん健診でひっかかり、夏に手術を受けました。
幸いおとなしい性質のがんで、いろいろ有効な治療方法もあるので、ラッキーでした(ほっ)。
毎年マンモを受け、随分前から腫瘍があったのにずっと良性と言われ、発見が遅れましたし、同じように良性と言われても納得できず、転院してやっと見つかったとか、そんな話もよく聞きます。
だから、偶然これを読む皆さん、どうかお体を一番大事になさってください。病院でプロの医療従事者のお墨付きをもらったからと安心してしまわないで、少しでも気になる点があったら、ご自分を信じて、納得できるように行動してくださいますように。





昨年、卵巣腫瘍を摘出し、「もうこんなところ来ちゃいけねえぜ」と、やさしく追い出されたがんセンターに、また舞い戻ってしまった。
前回は7階婦人科病棟だったけど、今回は8階、乳がんの他に頭頚の患者さんも一緒。すっぴんパジャマで歩くのに、男の人達がいるってなんかイヤ。
看護師さんの仕事ぶりも全然違う。
館内説明もカウンセリングも持ち物検査もないし、朝の血圧&体温測定も自分から申し出ないとスルーだし。1階違うだけでこうも違うのか。

私の場合、手術入院って、ワサワサした中でベルトコンベアーに乗ったように、ひとつひとつこなしてゆくうちに終るので、その中で、経口補水液が全部飲めただとか、尿管カテーテルが外れたとか、小さな達成感があったりして、特に不幸な時間ではない。
でも、同意書サインに年老いた母親に田舎から出てきてもらって、夕方病院のエントランスでタクシーに乗り込む小さな背中を見送るときは、涙がにじんでしまった。せっかくこちらに出てきたのに、観光に連れて行ってあげたかったなあ。乗り換え大丈夫かなあ。

今回の手術で印象に残ったこと、心臓にたまたま不整脈があって、電極をつけて過ごさねばならなくなり、キカイダーみたいに。寝にくかったなあ。

人生で一番痛い注射をした。
乳首に刺すうえに、放射性物質で比重が重いからなのだそうだ。
でも、その注射の後、胸をひもでしばってマンモにかける、という検査も世の中にはあるそうだ。。ボッシュの地獄図みたい。

手術が終ったら、胸が緑色になっていた(リンパの流れを確認するために発色する薬品を入れたのだそうだ)。

腋からぶら下げたドレーンが邪魔にならないように、洗濯ネットみたいな材質の袋を首から提げて過ごしたのだが、それを見た先輩の患者さんが、
「あら?命じゃないのね」
以前はドレーン袋はボランティアさんの手作りで、「命」と刺繍されていたのだそうだ。
いーやーだーっ!暴走族じゃあるまいし。
ここはダイレクトに「腫」とか「癌」とか、ちょっと外して「雁」とかがいい。

ずらーっと蛇口の並んだ洗面所で、一人で洗顔していたら後ろから何か聞こえる。
頭髪も眉毛も抜けた、とてもとても小柄で真白な方が、車椅子で洗顔できるのはその場所しかないのでどいてほしいとかなりお怒りになりながら訴えていたのだった。
ごめんなさい。車椅子で洗面所を使うときのこと、考えていなかったのと、お声がかすかで気がつかなかった。

4人部屋の患者さんは私を除いて皆頭頸の方達、多発性でもう7回も手術を受けた方、重粒子線治療で300万円かかった方…大変だ。
皆でいつもおしゃべりしてたなあ。私は編み物しながらときどきニヤニヤしてた。
ドイツでの入院生活のお話、ダンシャリのお話、アルコール中毒のお話、牛乳を少しずつ口に含むと食べ物がしみない工夫、お魚はどうやって食べたらおいしいか…そのうちのお一人は海辺で何代も続くおすし屋さんをされてるって。治ったら絶対行きますって約束した。

お隣のベッドの方は、最初舌が歯に当たるようになり、歯医者さんで調整してもらっているうちに初期舌がんを発見、手術。完治といわれて3ヵ月後にまた口内に違和感を感じ、2件の歯医者さんで口内炎と言われながら結局別のがんだったそうだ。
そのすさまじい抗がん治療たるや!
足から入れたカテーテルを口まで通して抗がん剤を流すのだそうだ。身動きとれないように足にオモリをつけて。
負担がすごいため人生で一回しかできないとか、あまりの辛さに途中でやめてしまわれる方もいるとか。
2ヶ月の入院中自宅に外泊したとき、あまりの衰弱に、飼っている犬も気を遣って近寄ってこなかったって。
私がご一緒した1週間のうち、最初はモルヒネの副作用でガタガタと震えていらっしゃったのが、みるみるうちに顔色がよくなられ、最後は颯爽と笑顔で退院してゆかれた。
もともとおきれいな方だったのだろうが、お化粧していなくても、髪の毛は失っても、最後の日、見とれる位おきれいだった。
オリンピックで金メダルをとらなくても、戦場でカメラマンしなくても、普通の主婦の方がすごい勇気と意志力と行動力で、屈強な男性でも泣いて逃げ出すような治療に耐え抜く、勇者って世の中にはいくらでもいるものかもしれない。
洗面所で会ったあの妖精みたいな方は、どれだけの治療に耐え、どれだけの失望を乗り越えてこられたろう。あの方も勇者だ。

奇しくも同じ日に4人部屋の3人が退院で、一人ひとり握手して、元気でねって、ちょっとウルウルしながらも笑顔でエールを送りあった。
皆さん、元気にしていらっしゃいますように。

で、私は今、お姫様だ。
腋のリンパ節を切除してしまったので、これから重いものが持てない。
疲れることも、土まみれも虫刺されも禁止。腕にクリーム塗ってそっとマッサージして大事に過ごすのだ。
小さい頃、ヒロインがちょっとしたことでよよよっと倒れたりするのを見て、どうやったらああなるんだ?私ってよっぽど頑丈にできているのかと劣等感を感じたものだが、お遊戯会で猿蟹合戦の猿を演じて以来、五十路を前にこんな配役が待っていようとは!



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